何度も見ている映画。
独身時代の私は映画を観るのが割と好きで、東京に住んでいたころは大きな映画館はもちろんミニシアターにも足を運びましたし、DVDを借りてきたりサブスクを利用したりして見るのが好きです。
最近はなかなか集中してみることができなくなってしまったので、新しく見る映画はほとんどないのですが、もともとお気に入りの映画を繰り返し繰り返し観る性質なので特にストレスを感じることもなく、Huluとアマゾンプライムビデオを徘徊して面白そうな映画を探しています。
映画通でもなければ持ち前のIQの低さも手伝って映画の評論なんてもってのほかな私ですが、今日のブログでは人生に数本、忘れられなくて折に触れてみてしまうためもうDVDを購入した映画をご紹介したいと思います。なるべくネタバレは避けつつ紹介するのでますます変な内容になると思う。
まずは一本目。
主演女優二人の自然すぎる芝居と、独特な映像に惹かれて最後まで見入ってしまう一本です。見終わった後にあったかい気持ちになるので、何度も何度も観てしまいます。
悪人が出てこないので安心して観られます。
初めて観たのは高校一年生の頃でしたが、これを機に蒼井優と岩井俊二監督に衝撃を受け、もっと前の作品である『リリィ・シュシュのすべて』を何の前情報もなく観て無事トラウマになりました。こっちでは幸せな女の子でよかった。(こっちもこっちでちょっと複雑な事情を抱えている女の子ではあるけれども。
つづいて、同じく岩井俊二監督のもっと古い作品である『スワロウテイル』(1996)
『花とアリス』を観てからの『リリィ・シュシュのすべて』でショックを受け、それから10年岩井俊二作品から遠ざかっていましたが、20代に入り、沖縄で暇しているときに適当に借りてきたことがきっかけで観ました。
これもやっぱり出だしから目を奪われる形で最後まで見ました。全編日本で撮ってるはずなんですが、海外の映画のような映像と世界観と美術だったし、日本が舞台ですが、日本語・英語・中国語が飛び交うためほとんど字幕を読みながらになるのに、観づらさがないのもすごい。カタコトのCHARAが可愛すぎるし、つらさ成分多めのストーリーですが彼女の歌が少し救いになります。主題歌は言わずと知れたあの曲ですが、個人的には劇中で歌う「My Way」が、誰がカバーした同曲より好きで忘れられません。
三本目はもうこれは人生で一番見てるし、サブカル女子(鳥肌)どもを何人フランスかぶれのおかっぱ頭にさせたかわからない名作『アメリ』(2002)。
アメリとの出会いは地元のゲオ。深緑のよくわからない背景に白すぎる顔にぎょろっとした目のアメリが感情の読めない笑顔を浮かべ、その横にほっそい字で「幸せになる」と書かれている謎だらけのジャケットになぜかビビッと来てしまい、怖い映画かもしれないの躊躇わずレンタルし、一気に見てすべてを持っていかれました。どんなにきつい目に遭っても私の心の中には「アメリ」での映画体験があるから大丈夫と思っています。
この映画でフランス語の響きの面白さや美しさに魅了されたので、これから見るという人はぜひ字幕で観ていただきたい。
ちなみに、「アメリ」の配給は当時ホラーやスプラッタに力を入れていたとされるアルバトロス。
それまでホラーを中心に撮っていたジャン=ピエール・ジュネ監督のこの作品を内容知らないまんまなんかゲテモノ映画だろうと思って買い付けたらまさかの幸せキラキラ映画だったので、この方向性もいけるやんみたいなことになったとかいうのをどっかのサイトで観て笑いました。DVDのジャケットもそれ狙いなのかな。(ホラーと思って借りたら意図せず心温まってしまったみたいな)
四本目は『秘密の花園』(1993)。
この映画はたぶん小学校低学年のころに初めて見たのかな?でも今でも見ちゃう。近所のゲオにもないしサブスクにも入ってないからDVD探したら980円だったので絶対に元を取る自信があったし即座に購入してまだまだ観るつもりです。
ストーリーは同名の児童小説の通りでとくになんかひねったりもしてないんですが、児童小説だからって子供だましみたいな作品ではないのが本当に魅力的です。怖い人が本当に怖い。この作品でヒール(悪役)の位置にいるのが、「ハリー・ポッター」シリーズでマクゴナガル先生役のマギー・スミスが演じるメドロック夫人。「ハリーポッターと賢者の石」より10年近く前の作品ですが、マクゴナガル先生のまんま出てくるのでビビるのもポイント。私はハリーポッターより先にこっちを観ているので、マクゴナガル先生初見時「メドロック夫人!!!全然年取ってない!!!こわ!!!」と思いました。
最初はつらい幼少期を過ごしたせいで頑なすぎた主人公・メアリーの心を優しく温かくほどいてくれる使用人のマーサとディコン姉弟が本当に好き。優しくなりたいと思わせてくれます。
なんとなくダークででも美術や衣装からガーリーなテイストを感じるので好きなんですが、製作総指揮は私の大好きなソフィア・コッポラの父フランシス・コッポラでした。
血~~~~~~。
まだいくつかあるのできょうはここまでにします。
ワクチン接種と娘の保育園記録
昨日は新型コロナウィルスワクチン一回目を接種してきました。
Instagram、Twitterで大騒ぎの限りを尽くし大勢の方に励ましてもらいながら接種当日を迎えました。
この注射への恐怖心ってホントに何なんだろうなぁ。痛さの程度なんてもうわかってるし、痛みに弱いとはいえ、注射なんかよりよっぽど痛いこといっぱい経験してるんだから、もういい加減慣れてもいいようなものを。
多くの方の言っていた通り接種は一瞬で終わったし、痛みもちょっとチクッとした程度でした。(当たり前)
心配していた副反応ですが、接種当日から微熱と頭痛、腕の違和感があり昨夜は早めに就寝。
寝るときは接種した左腕を下にすることができない程度の痛みがありました。
一夜明けた今朝からほんとに腕が痛い。上がらないしちょっとでも力を入れると痛むし、娘がまとわりついてちょっと触っただけでも痛い;;
二回目の接種が思いやられます。
三週間後もまた大騒ぎしますので、皆さん宜しくお願いいたします。
今日は娘のならし保育3日目。
朝は熱がありきつかったので、休みを取っていてくれた旦那にお任せ。
前日の晩に全部指示をしておき、朝起こすところまでは頑張りました。
我が家は古めかしいお家に住んでいるので、床に耳を当てると二人の会話が全部聞こえてきますが、特に準備で難航することもなく元気に出発していき、すぐに旦那帰宅。
ちょっと不安そうにしていたよ~とのこと。
午前中はゆっくりさせてもらい、お迎えに行くと、「ままぁ~!こんにちわ~!」と元気に走ってくる娘の姿が。
先生からは「朝結構泣いちゃったんですが、バスに乗ってお出かけしたら気持ちを切り替えていっぱい遊んでましたよ。帰りのバスではお歌も歌っていました。」とのことでした。
三日目にして初めてさみしくて泣いたようです。やっと保育園とは何かを理解し始めたようです。
ちょっとずつ保育園での出来事も話してくれるようになって(真偽はなぞ)、元気に通っています。
来週からはお布団持参でお昼寝もするそうですが、不安・・・。
でも、割とたくましい子だということを再確認したので、なんとかなりそうです。
保育園の先生方にも感謝。
お気持ちの書きなぐり 娘の初登園。
もう大人なんだからこういうのやめようよ、みたいな自制心がなぜか働いていて、往時の私を知っている方からすると「だいぶSNS更新しなくなったね」って感じなのですが、日常の些細なことはTwitterに、ちょっとした思い出などは写真が消えた時のためにと思ってInstagramに残しています。
黒歴史量産アカウントから作り直したアカウントでは、あまり自分自身の気持ちを書きなぐるみたいなことはしてきませんでした。
小さい子供と一緒にいる時間には自分の頭の中と集中して向き合うことができなかったからそうなっていただけなんだと、初登園した娘がいない自宅のリビングで気が付きました。
こういう時間がなかったから、自己嫌悪で忙しくなることもなく穏やかな気分で数年過ごせたのかな?とも思うとなんだか怖いですが、文字数の制限もなければだれかにやいやい言われることもないこのブログはこれからもお気持ちを書きなぐる場所として心の片隅に置いとこうと思います。
今朝、娘を始めて保育園に連れて行きました。
いつも行く児童館が保育園に併設されていることから、先月から繰り返し「みーちゃんはこれからほいくえんいくんだよ。保育園にはママはいないけど、先生とお友達といっぱい遊ぼうね」という感じで説明しても、「保育園=児童センター」みたいな認識っぽくて、今朝も「ほいくえん!ほいくえん!」と自作の歌を口ずさみながらご機嫌で車に乗り込みました。
保育園は自宅から車で五分ほどの位置にあり、先生に挨拶を済ませ、提出書類等を渡すと、先生は一瞬不安そうにした娘に優しく声をかけて素早く抱っこしてくれ、「お母さんはもう行ってください」みたいな雰囲気に。
あんまりダラダラその場にいても娘の寂しさは増幅するだけなので当然私はさっさとその場を立ち去ります。
立ち去るはずなんですが、首はずっと先生に抱えられて気を紛らわすためになんか見せてもらっている娘の方から回ろうとしません。
もうガン見。ほんと寂しい。ほんで娘さんは全然こっち見んやん。
平時でもおぼついてない足元にサンダル履きなんかできたうえ、首がもう娘の方にロックされて回らない状況で少しだけ残ってる大人としての理性が足を速く歩かせるので、当然園から車の方に向かう階段を全部滑り落ちて太ももにでかい傷を作りました。
茫然自失の状態なので痛みを痛みと認識するまで1時間かかっています。今痛い。
平時でも特に冴えることのない頭がさらにぼうっとしたまんま車を運転し(極めて危険)なんとか家に着きましたが、いいようのない喪失感に取りつかれて、そこから車を降りるのに10分かかりました。
昨夜寝る前や今朝起きたときなんかは「送っていったら久々の朝寝なんかしちゃったりしちゃお☆」などと思っていましたが、そんな気も起きず、呆然とした頭の中で「娘が頑張って保育園に行ったのに私がダラダラするのは間違っているよ」と唯一まともな感性のだれかが言う。だから必要以上に家をきれいにしとこうみたいな決心をしてるはずなのに、帰宅から一時間、私が成し遂げたといえることは、とりあえずPCを起動して先月分の記事を校了し、この誰も読まないし誰かが読んだとしてもその人の時間を奪う以外の効果がない文章をダラダラと打ち込んでいるだけ。これの終わりも正直見えない。あ、洗濯機は回した。でも干さなきゃなににもならない。
こういう場面が、これから幾度もあるんだろうな。
あれほどほしかった一人の時間なのに、こうも茫然自失になるとは、つくづく自分の中身のなさが嫌になります。
でも、娘にならし保育が必要なように、私にもならし孤独が必要なんだ。
ずっと一人だったじゃないか。そしてそれはすごく楽しかったでしょうが。
よし、頑張って掃除して、お昼に娘を迎えに行ったらそのあとはなーんにもせず娘とべったりできるように準備しよう。
やることを順番にリストアップして一個ずつこなそう。頑張ろう。
内容はありません。
今年の中でも一番慌ただしかった九月が終わろうとしています。
保育園も無事に決まり、面談も済ませ、10月はじめからの入園準備に追われる日々です。
着替え、結局のところ何枚買えばいいのかな。薄手の長袖、ほとんど持ってないし、秋物のズボンも意外と持ってない。結構サイズアウトしてるし、一から買いそろえる感じになりそう。
あとはすべての持ち物に名前を書くという苦行も待ち受けています。
そんな中、今月はライターのお仕事も沢山いただき、ひと月に10本近く書かせていただいたかな。
先月は三本くらいで、それでも納期ギリギリに提出していて、つくづく私という人間のなまけ癖を痛感しました。
フリーランスでライターの仕事をするという淡い夢も就活中抱いていないわけではなかったけれど、やはり私にフリーランスは無理だ、と思いました。
組織の中で不出来をカバーしてもらいながらちっちゃいパーツの一つとして動くくらいが精いっぱい。それですら、協調性はないわチームワークの経験もないわでかなり不安。
これまで、ほぼ一つの仕事(バスガイド)オンリーで生きてきました。ガイドなんて一台で動いてれば私とは別の仕事をしている運転士さんと、まぁせいぜい添乗員さんとのチームワークが最低限だし、私のすべき仕事をほかにやる人もいないしで本当に楽だったと思い返しています。
これからの仕事もルート営業なので、独り立ちしたら結局は一人で数字と戦う感じなのかなと思っていますが、ちゃんとできるか不安。迷惑をかけるのが怖いなぁという不安でいっぱいです。
まぁ始まってもないうちから悩んでも仕方がないので、前向きに頑張っていこうと思います。
記事を書くことはこれからも続けるので、セールスライターの仕事と実際の営業の仕事が相互作用してどちらにも良い働きができるといいなとたくらんでいます。
娘の育児についての忘備録
二歳五か月も半ばに差し掛かってきて、言葉や会話、歌もはっきり歌うようになり、いよいよ意志をもつ一人の人間という感じになってきました。
イヤイヤ期?と思う場面もしばしば出てきましたが、娘の場合はスイッチが入るタイミングが割とパターン化しているので、私の行動一つで回避することができますが、私自身がここへきて初めて娘に対してイラっとしてしまうことがあり、なかなかうまくいきません。
これからは母子べったりの蜜月生活から、朝と夜だけ一緒にいる生活にがらりと変わります。
子供とくっついていられる時間、結局なんやかんや言いながらも私は自分の気持ちばかり優先してきたように思います。
そんな中でも、娘はご機嫌な子供に育ってくれていて感謝。
この子を授かったときに掲げた、「たのしい大人に育てて世界に返す」という目標を常に忘れないように、私の所有物のように扱わないように、優しく接していきたいものです。
およそ三年の専業主婦生活、振り返らなくともダメダメ主婦でした。とにかく家事全般が苦手すぎる。これから一人で全部やるの、大丈夫なのかな。
けどやると決めた以上やるしかない。
メンタルはタフで、落ち込むこともほとんどないし、自分なりのストレス発散方法もちゃんとあるけれど、すぐいっぱいいっぱいになってイライラするという面では弱いので、そこをどうにかしなきゃな。余裕をもって生きていくためには、嫌なことを先延ばしにせず、ごちゃごちゃ考えてやらない言い訳をこねくり回すのではなく、やるべきことを今のうちにルーティン化してとにかく体を動かすという癖をつけていくことを、仕事が始まるまでのあと半月の目標とします。
でも楽しみなこともいっぱい。
まずは自分である程度まとまったお金を毎月得ることができるようになるので、念願だった生き物をお迎えしてみようかな、と目論んでいます。
レオパかクレス、、、。レオパかなぁ。
あと世話が大変そうなのでひとまずお迎えの予定は立てていませんが、コザクラインコも飼ってみたい。
クラブハウスで夜な夜ないつもおしゃべりしてくれるメンバーの中でアツいアオジタトカゲも可愛くて気になります。
まずは家族の生活を成り立たせることが優先なのでいっぺんにお迎えすることはしませんが、いつかのお楽しみとしてこれを糧に頑張っていきたい所存。
パソコンが壊れたよ。
タイトルの通り、ライターの仕事を始めるにあたってメルカリで購入した激安ノートパソコンが故障。
キーボード3列目が軒並み反応しなくなりました。原因はたぶんキーパンチが強すぎるせい。
特技がないことでおなじみの私ですが、高校時代ワープロ大会とかで10位以内に入るくらいにはタッチタイピングが割と早くてイキっていた感じなんですが、何せタイプする音がうるさいのなんの。観察してると、早い人ほど割と静かなのになんでだろう。
まぁこれを機に優しくキーを叩く練習もしなきゃな。
しかし、A,S,D,Kなどが反応しないとなると仕事はできない。スマホでもなんとか記事作成はできるし、私は女子高生並みにスマホの文字入力も早い自負はあるけど提出等に手間取って作業効率はがた落ち必至だったのでTwitter等で詳しい人に相談したら外付けのキーボードを教えてもらい、早速購入。
届いたキーボードをつけて、使えるかどうか試すためにとりあえずブログ執筆に至った次第です。
ちゃんと書けるね~。新しいパソコン買うまでとりあえずこれを大切に使ってしのごう。
メルカリで買った中古のパソコンに修理代金何万も払うの嫌だ~ということで、新しいパソコン、どんなのにしようかな。さくさく動くやつがいいけど、ライター業以外に使うことないから、そんなにスペックの高いものでなくてもいいな。丈夫で長持ちするものがいい。(貧乏性丸出し)
就活の結果。
前回のブログでだいぶ力入れてイキってましたが、在宅ワークの就職活動は壊滅的な結果に終わりました。
まあそりゃそっか。学歴もなければ特別なスキルもなく、子持ちの30歳となると就活は大変厳しい。
そんなこんなで、在宅ワークに的を絞った就活はあきらめて、おとなしく外に出て地元の企業で働くことを決意し、そちらへ就活の方向性をシフトしました。
在宅ワークの就活では書類選考の時点でダメだったものまで含めると100社近く落ちていたので、私という人材のやばさみたいなものを痛感して手当たり次第に応募。
結果、面接に進んだ一社目で内定を頂くことができました。
あ~よかった。
やっぱり就活ってメンタルやられますね。自分はだれにも必要とされないんだぁとか、もう社会に戻ることはできないのかぁ、とか、そういうたぐいのやばいセリフが簡単に口をついて出るような毎日から解放され、よし!そうと決まれば娘を保育園に預けて、頑張って働き、メリハリのある生活をしたらより親子としても仲良く楽しく愉快に愛情たっぷりで接することができるんじゃないかと期待を膨らませ、書類を揃えて市役所へ。
結果、待機児童になることが大決定。
おいまじかよ。こんな田舎で保育園入れないとかある?ていうかそもそもこの街育児に関する情報少なすぎ。保育園入れない場合の対処とか市の窓口でも全く教えてくれない。力入れてないんだろうね、と思わずこぼしてしまうほどの放置プレイを頂き、仕方なくインスタにその旨吐露したところ、「保育園の空きがなくて育休延長を余儀なくされてる」という人の多いこと。
求職票ぶら下げて保活、は厳しいだろうな、となんとなく軽い考えで内定とって向かったけれど、内定程度じゃカードとして弱すぎることが判明。
四月まで働けない。どうすんの家計。
次回 「金盛家、死す」
みたいなシナリオまで頭をよぎっています。
ありがたいことに、内定先は保育園に無事預けることができるまで待っていますと仰ってくださり、また、5月から始めたライターのお仕事も複数の案件を回していただけるようになるとのことで、しばらくこれらで糊口をしのぐ生活が続きそうです。
冬やばいなぁ。どうすんだこりゃ。
文章を書くことが好き。
長いこと更新をしていませんでした。一向に読者が増えないこのブログ、大体の人が嫌いな自分語りオンリーブログなのでまあそうだよなと思いつつ、今日の記事の内容的には不安要素でもあるな、と思い涙。
このブログをInstagramのプロフィールに貼り付け、こそこそ更新するきっかけになったのは、友人とのlineのやり取りのなかのふとした言葉でした。
「文章面白いから長くても読める」「読ませる文を書く天才だと思うよ」
この言葉にすっかり調子に乗り、ブログを書くたびリンクを送り付ける友人。
しばらく連絡とってないけど、元気なのかしら。line送ってみよう。
こうして、特技なしの人生に、自分の中だけでも自信を持っていいと思える要素がひとつ加わり、このブログに書きたいことが溜まったら自由に発散するという趣味ができ、それを人からほめてもらうことで特技へと昇華していきました。
2月末から、クラブハウスにハマり、ほぼ毎日のように爬虫類愛好家のなかまたちとだらだらおしゃべりに興じています。
友達のいなさだけが自慢だった私に、大人になってからこんなにたくさん楽しい仲間ができるとは、と驚いていますが、さらに驚く出来事が。
「WEBライターの仕事に興味ない?」「文章書くの好き?」と聞かれ、二つ返事で答えたところ、あっという間に話が進み、WEBライターとしての生活が突如としてスタートしたのです。そしてそれをきっかけにSEOライティングや、セールスライティングなどの世界を知り、明日、正社員の試験を受けることになりました。
娘を授かって二年以上、社会と隔絶された状況で、お金もなく、可愛い娘だけを生きがいに生きてきたけれど、これがうまくいけば、私と娘との間に「社会」という橋をかけてあげることができます。受かりたいなぁ。今日はこの決意を表明するために、久々にはてなブログを開いたのです。
上記の友人とのやり取りがなければ、私はきっと変に謙遜して「いやあ文書くのは好きだけれどうまくはないしゴニョゴニョ」などと言ってチャンスを逃していたことでしょう。ありがとう。
明日の試験がうまくいけば、(上手くいけばの話)、文章を書くことが本格的な仕事になります。そうなったらきっと、こうして戯れに書く文章、自分の唯一の特技と言える文章を書くことそのものが嫌になる日も来るかもしれません。得意だと思っているけれど、それは自分がそう思っているだけで、無能さに打ちのめされる日もすぐ訪れることでしょう。
でもその時の自分の心が簡単に折れないように、ここに今の気持ちだけでも記しておきます。
(今日のブログ全体的に恥ずかしい文体だなぁ。なんでだろう、今後が不安。)